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大連立 陰の仕掛け人 ナベツネ・シナリオ大崩壊
「小沢副総理」「大臣6ポスト」を割り振り
小沢と福田が「西郷と勝海舟」だってさ
週刊文春(2007年11月15日号 / 11月8日発売)

 福田・小沢党首会談が休憩に入った十一月二日午後四時過ぎ、今年八十一歳を迎えた老人が、TBS番組「時事放談」収録のスタジオで、中曽根康弘元首相を横に得々と持論を展開していた。

「年内にも大連立政権をつくって、懸案をドンドン合理的に処理する」「パーシャル連合とか政策ごとの連合なんてことはナンセンス」「小沢さんは高度に政治的なカンの働く人だと思ってますよ。だから、福田さんの方がある種の度胸を持って『これで行こう。オレが責任を持つ』という態度をとれば、小沢さんは(大連立について)『イエス』と言うでしょうね」
 自信満々にそう“予言”してみせた老人は、党首会談が再開された午後六時半を回った頃、グランドプリンスホテル赤坂で開かれていた竹下亘衆院議員のパーティー会場に現れた。そして津島雄二平成研会長や青木幹雄前参院議員会長に、興奮を抑えきれない様子で身ぶり手ぶりを交えながら、こう言うのだった。

「これからデカいごとが起こる。中選挙区制、大連立という話も出るんだよ」 

 結局、老人は十五分ばかりいただけで慌しく会場を後にしたが、去る間際、こんな言葉を残したという。
「吉報を聞かなきゃ」
 しかし、この“メディア界のドン”こと渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長兼主筆の描いたシナリオは、その約三時間後、小沢氏が福田首相にかけた「連立はのめません」という一本の電話により、むなしく崩壊してしまったのである。

<渡辺氏が党首会談の仕掛け人だった>
 各メディアでそう繰り返されている報道に太鼓判を押すのは、渡辺氏と長年の親交がある政治評論家の三宅久之氏である。
「渡辺さんが今回の党首会談を仕掛けたのは間違いない。ぽくは彼から直接聞いています。小沢という人は原理主義者ですから、自民党が乗り気だからと言ってすぐに乗る人ではない。彼をその気にさせる第三者は渡辺さんしかいない。それで私が渡辺さんに電話で確認したら、『キュウちゃんは、さすがにわかっているな』と、認めたんです。渡辺さんは小沢にも福田にも会っている。常々、『首相動静に出ないで総理に会う方法はいくらでもあるんだ』と言っているしね」
 実は、渡辺氏は十月四日付で、友人らに次のような内容の手紙を送っていた。

<政界はゲームに勝てばいいというものではない。時には妥協と合意が必要です。西郷隆盛と勝海舟のごとき政治家が出るのを望みます>

 つまり、渡辺氏ほ福田首相を江戸城の無血開城に応じた勝海舟に、小沢氏を勝と交渉した西郷隆盛になぞらえていたわけである。渡辺氏の役どころは、さしずめ薩長同盟に尽力した坂本龍馬といったところか。 

 そもそも、渡辺氏が「大連立」の必要性を高らかに謳いあげたのは、八月十六日付の読売新聞社説だった。
 渡辺主筆自身が筆をとったという社説の題はこうだ。

<民主党も「政権責任」を分担せよ>

「参院選で与党が負けたときから、大連立が必要だと思っていた」
 そう周辺に語った渡辺氏はこの夏から秋にかけ、多数の政治家や財界人たちに「大連立すべし」としきりに説いて回っていた。
「渡辺氏は、森元首相、中川秀直元幹事長、青木幹雄氏、武部元幹事長など、自民党幹部に大連立構想を根回ししていました。大連立の実現は、参院で過半数割れしている自民党としては渡りに舟ですから、ほとんどの人間が、渡辺氏の意見に諸手を上げて賛同しました」(自民党関係者)
 なかでも中川氏は、露骨に反応。前述の社説が載った日、自身のホームページに「この読売社説の持つ意味は大きい。大連立への方向は、歴史的流れ」とまで書き、渡辺構想を絶賛した。

 一方で、この構想に異を唱える者がいたことも、渡辺氏は明らかにしている。
「自民党もいろんな派閥があってね、大連立したらタダじゃおかないとか、バカなこと言ってる領袖もおるんです」(「時事放談」より)
 確かに今回、大連立に異を唱えて渡辺氏の逆鱗に触れた派閥領袖は存在した。
「山崎拓前副総裁です。山崎氏が電話で『私は賛成できません』と言ったところ、渡辺氏から『お前なんか絶交だ!』と怒鳴られたと、山崎氏本人がこぼしていました」(自民党担当記者)
 一方で、渡辺氏は民主党にも早くから触手を伸ばしていた。鳩山由紀夫幹事長は八月二十一日、渡辺氏らが主催する会合「山里会」で、大連立の必要性を熱心に説かれた。だが、会合の中身を鳩山氏がメールマガジンで明らかにしたところ、渡辺氏はたちまちこう激怒したという。
「新聞記者ならともかく、政治家がこういうオフレコの話を漏らすってのは、とんでもねえ! 金輪際、あの野郎とは会わねえー」
 では、今回の当事者に対する"仕掛け"は、どのように行われたのか。
 ある政治ジャーナリストは、「渡辺氏は複数回、首相になってからの福田氏と会った形跡がある」と話すが、渡辺氏に近い自民党関係者もこう明かす。
「渡辺さんは十月中旬ごろから『党首会談をやる』と言っていた。『大連立をしたほうがいい』と小沢氏の説得にかかったのも、その頃だった。ところが二十日頃には来ると思っていた返事がなかなか来なかった。それでも渡辺さんは『向こうが拒否しないのは乗るというサインなんだよ』と自信を持っていた。いい返事が来たのは、十月末になってからのことだった」

 前出の三宅氏も、渡辺氏から「詳しいことは言えないけれども、小沢さんとも色々つめた話をしている」と聞かされていたという。
 政治部デスクが語る。
「渡辺氏の『大連立しかない』という発想に両者が賛同したからこそ党首会談は行われたのです。つまり、『大連立』で両党首が大筋合意できることは事前にわかっていたということです」
 十一月五日付の読売新聞は、大連立がなった場合、小沢氏が副総理格の無任所相につくこと、民主党に閣僚ポストを六つ与えることで両党首が合意していたと報じた。閣僚ポストも国土交通相、厚生労働相、農相と具体的に記述されており、文句のないスクープといえる。


 だが、他紙の記者は冷ややかな見方をしている。
「絶対の自信があるから一面で書いているんでしょうね。おそらく渡辺さんが『小沢にはこれだけの条件を思い切って持っていかなきゃダメだ』と事前に渡したリストでもあったんでしょう」
 確かに、「時事放談」で渡辺氏はこうも語っていた。
「できれば小沢さんに無任所でもいいから副総理で(内閣に)入ってもらうと。民主党から何人も閣僚が(入る)。主要閣僚でもいいじゃないですか」

 数十年の記者人生で幾度となく自ら政局や話題を仕掛けてスクープをものにしてきた渡辺氏らしいやり口だが、渡辺氏に近い政界関係者はこう苦言を呈する。
「渡辺さんはこれまでも越えてはいけない政界と言論界の垣根を越えてきたけど、ここまで露骨に一線を越えたことはなかった。『中選挙区に戻したらいい』とも言っていたが、政権交代が起きやすいように小選挙区にしたわけで、それから十三年も経っているのに、頭が全然切り替わっていない。結局彼は自民党の関わらない政治は考えられないということです」
 では、ナベツネ・シナリオが崩壊したのはなぜか。
「渡辺さんが小沢氏を買いかぶりすぎた。その眼力のなさが原因でしょう。小沢氏はこれまでも政局の大事な場面で失敗を繰り返してきています。今回も本人は民主党を掌握しているつもりだったが、そうではなかった。それを渡辺さんは全然わかっていなかった」(前出・政治部デスク)
 民主党が明確に断った後も、読売は一五日付社説で「それでも大連立を目指すべきだ」と繰り返したが、むなしく響くばかり。
「渡辺さんの描いた大連立シナリオは、政権交代可能な二大政党制を望む民意に、明らかに反するものです。何様のつもりか知りませんが、『公称一千万部』をバックに国政を振り回すのは、もうおやめになった方がいい」(別の政治部デスク)
 そう、世界はナベツネ中心に回っていない。この事実を渡辺氏は骨身に染みるべきである。
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