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狛江 消えゆく文具店 100円ショップ、大型店に押され… 「子供の社交場」年内2店閉店
狛江市内で、2店の文具店が年内いっぱいで店じまいする。文具店と言えば、昭和の時代には“子供の社交場”。お小遣いを手に鉛筆や練り消しなどを買いに来る子供たちであふれていた。
 しかし、学校の生活指導が厳しくなっていることや100円ショップ、大型小売店舗に押されて売り上げが落ち、次々と姿を消しつつある。(吉良敦岐) 

 「今の子供は勉強で忙しくて、寄り道も買い食いもしなくなってね」。狛江市猪方2の府川文具店を40年間切り盛りしてきた府川テル子さん(75)がこぼす。店内にわずかに残るノートやペンを整理する手が止まった。
 府川さんは今春、胃がんの手術をして、「残された時間で旅行を楽しみたい」と思うようになった。
 文具は100円ショップで購入する時代になってしまった。「そろそろ潮時かな」と思い閉店を決意した。
 店は、隣に市立狛江第二中学校が開校した1967年春に開いた。当時、学校に給食施設がなく、「子供がパンでも買う場所がないと不便だろう」という親心から店を始めた。
 当初はパンやおにぎりなど、弁当代わりの食品を売った。温かい食べ物を出そうと肉まんをふかしていたこともあったという。多い日はパンが500個も売れた。徐々に筆記用具や画材、体操服なども仕入れるようになり、地域の「便利屋」になった。
 店前の神社には、子供たちが缶けりやゴム飛びをして遊ぶ姿があった。近くを流れていた川の土手では、いつも女子生徒が肩を並べて夕暮れまでおしゃべりを続けていた。府川さんは「たばこを吸う男の子もいたけれど、注意したらすぐにやめていた」と振り返る。
 当時も、放課後の買い食いは禁止されていた。それでも、こっそりお菓子を買いに来る生徒もいて、学校の先生はそんな生徒を見つけては背後について「オレにもおごってくれよ」と声をかけて、子供たちを脅かしていたという。
 “地域のおばちゃん”として親しまれた府川さん。修学旅行から帰った中学生が、しばしばおみやげを持ってきた。京都へ行った女子生徒がおみやげとして買ってきた仏像は、常に寝室に置いてあるという。
 ところが、この10年で時代が大きく変わった。学校は、まっすぐ家に帰るように指導し、学校近くで制服を着たまま“たまる”ことが許されなくなった。近隣の小中学校の先生とも疎遠になり、顔も分からなくなった。
 文具販売だけでは、採算が合わなくなった。同市中和泉1のツルタ文具店の鶴田耕一さん(44)も年内で店を閉める。「今年だけでも取引先だった近くの文具店が3か所も閉店した。スーパーや百円均一の店と競っていくのは難しい」と鶴田さん。オフィス文具の専門業者や文具のチェーン店も現れた。「そんな中で、あえて文具店をやろうという人もいないから、後継者もなくなった」という。
 府川文具店は、11月15日に閉店の張り紙を出した。店には小中学生がやって来て、「どうしてやめるの」「僕が手伝うからまだ店を続けようよ」と励ます子供もいた。かつて店を利用していた大人たちも訪れ、思い出話に花を咲かせた。
 そんな人たちのために、府川さんは、閉店まですべての文具を半額にしている。府川さんは「ほっとしたというのが正直なところ。地域に住み続けることは変わらないので、これからも子供たちを見守っていきたい」と話している。
(2007年12月4日 読売新聞)
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