<韓国大統領選>「サラリーマン神話」次期大統領当確の李明博氏とは
12月19日22時10分配信 YONHAP NEWS
【ソウル19日聯合】第17代大統領選挙を当選を確実としたハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏は、屈曲の多い大韓民国の近・現代史とともに歩んできた。多くの60代がそうであるように、日帝植民地時代と独立、朝鮮戦争と自由化、軍事独裁政権と産業化、民主化と世界化に続く激動の波を乗り越えてきた。苦難と奇跡の歩みは、「神話」とも評されている。
李氏は日帝占領下、1941年に日本の大阪で生まれた。貧しさのため中学入学当時から露店商などで生活費と学費を稼いだ。大学時代には、韓日会談反対闘争(6・3事態)の首謀者として、西大門刑務所に6か月服役した。そうした人生が逆転するのは、現代グループ創業者の故鄭周永(チョン・ジュヨン)名誉会長に出会ってからだ。
第17代大統領当確の李明博氏年譜
大学卒業後に現代建設に入社し、2年と経たずに代理に昇進した李氏は、29歳で理事に、35歳で社長に上りつめ、その後最長寿CEO(最高責任者)という記録を築く。「サラリーマン神話」と呼ばれるまでになった李氏だが、1992年に、当時新韓国党代表でのちに大統領になる金泳三(キム・ヨンサム)氏から公認推薦を得て、第14代総選挙に出馬、政界に進出した。
しかし、企業家・李明博にとって政治は生易しいものではなかった。1995年にソウル市長選出に向けた党内選挙に出馬したが敗北、翌年の総選挙には当選したものの選挙法違反で起訴された。この渦中の1998年に再びソウル市長の座を狙い党内選挙に挑んだものの、選挙法違反の裁判が終わらず、議員職を辞して米国に渡った。
1999年末に帰国後、当時としては珍しかったインターネットバンキング事業を始めた李氏は、このときBBK疑惑の中心人物、金敬俊(キム・ギョンジュン)氏と会う。意欲的に新たな事業を起こそうとしていたところに金氏が金融当局の調査を受けたため、李氏は事業関係を清算。2002年に3度目の挑戦でソウル市長に当選した。
ソウル市長として4年の任期の間、清渓川の復元、公共交通システムの改編、ソウルの森造成などで株を上げ、今年、第17代大統領選に挑戦状を叩きつけた。多数の反対を受けた清渓川復元と公共交通システム改編などを成功させたことで強力な推進力を市民に印象付けた李氏は、保守政党所属でありながら、「実践する改革者」というイメージを築き上げ、理念、年齢、階層、地域にかかわらず幅広い支持を受けた。
「経済大統領」「国家CEO」をスローガンに1年以上にわたり世論支持率トップを維持してきたが、青瓦台(大統領府)に向かう道は、その人生の逆転ほどに険しいものだった。長くはない政治経験に、栄誉と恥辱が混在していたのも事実で、政党史上最悪の激しい党内選挙と汎与党勢力との検証攻勢を耐え抜いた李氏だが、青瓦台(大統領府)の主となるには障害は大きいと指摘されてきた。大韓民国のために身を投じて働く、5年間死ぬ覚悟で働きたいと叫んだ李氏は、サラリーマン神話、清渓川神話に続き、大統領選神話を成し遂げた。
復元を終えた清渓川を視察する李明博候補と朴槿恵(パク・クネ)氏=(聯合)
第17代大統領当確の李明博氏年譜
1941年12月19日 日本・大阪で誕生
1954年 慶尚北道浦項市・ヨンフン小学校卒業
1957年 浦項中学校卒業
1960年 浦項市・トンジ産業高等学校(夜間)卒業
1965年 高麗大学経営学科卒業
1965年 現代建設入社
1970年 金潤玉(キム・ユンオク)夫人と結婚
1977年 現代建設代表理事社長に就任
1978年 仁川製鉄代表理事を兼任
1978年 韓国都市開発(現・現代産業開発)代表理事社長を兼任
1978年 韓国製鋼協会副会長に就任
1980年 海外建設協会副会長に就任
1981年 大韓水泳連盟会長に就任
1981年 大韓アルミニウム社長を兼任
1982年 大韓商工会議所副会長に就任
1982年 現代エンジニアリング代表理事社長を兼任
1982年 大韓オリンピック委員会常任委員に就任
1983年 韓国能率協会副会長に就任
1984年 アジア水泳連盟会長に就任
1985年 漢拏建設代表理事社長を兼任
1987年 現代エンジニアリング代表理事会長を兼任
1988年 現代建設代表理事会長に就任
1988年 現代エンジン工業代表理事会長を兼任
1989年 現代総合木材代表理事会長を兼任
1990年 現代資源開発代表理事会長を兼任
1990年 韓国港湾協会理事に就任
1991年 韓国社会発展研究所理事長に就任
1992年 北東アジア民間経済協会会長に就任
1992年 民主自由党に入党
1992年 第14代国会議員に当選(全国区)
1992年 6・3同志会会長に就任
1992年 米アーカンソー州名誉大使に就任
1993年 韓国青少年実業協議会会長に就任
1993年 世界韓人商工人総連合会運営理事会長に就任
1994年 東アジア研究院理事長に就任
1996年 第15代国会議員に当選(ソウル・鍾路区)
1998年 米ジョージ・ワシントン大学客員教授に就任
1999年 社団法人アジア太平洋環境NGO韓国本部総裁に就任
2000年 カンボジアのフン・セン首相の経済顧問に就任
2002年 第32代ソウル特別市長に就任
2002年 全国市道知事協議会会長に就任
2007年5月10日 大統領選挙出馬を公式宣言
2007年8月20日 ハンナラ党公認大統領候補に選出
2007年12月19日 大韓民国第17代大統領に当選
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過去最大、530万票差=李明博氏が大勝−韓国大統領選
12月20日11時1分配信 時事通信
【ソウル20日時事】19日投票の韓国大統領選は20日未明までの開票作業の結果、当選した保守系最大野党ハンナラ党の李明博候補(66)は最終的に1149万2389票(得票率48.7%)を獲得した。2位以下とは530万票以上の差で、1987年の直接投票制導入以来最大の票差となった。
李明博氏の得票数、得票率はいずれも、前回2002年に盧武鉉氏が獲得した1201万4277票(同48.9%)に次ぐ。
大統領当選の李明博氏、BBK特検法は依然「関門」
12月20日11時57分配信 YONHAP NEWS
【ソウル20日聯合】ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏がBBK事件への関与疑惑を乗り越え第17代大統領選挙に当選したが、BBK特別検事導入法という関門はまだ残っている。李明博氏に事件関与の疑いなしとの判断を下した検察の捜査結果に反発し、大統合民主新党などが提出した「李明博氏のBBK事件関連疑惑などに関する特別検事導入法案」が国会を通過し、政権引き継ぎの期間中、特別検事捜査が並行して行われるためだ。当選者に対する初の特別検事捜査が行われる場合、当選者の出頭や起訴、裁判が可能なのか、また就任前の起訴・裁判などで当選者としての立場に影響が出るかが注目される。
李明博氏に関連する捜査対象は、▼BBK株価操作疑惑など、証券取引法違反の疑い▼公金横領、背任など特定犯罪加重処罰違反の疑い▼ソウル・道谷洞の土地、DASの持ち株に関する公職者倫理法及び公職選挙法違反の疑い▼ソウル市長在職時における上岩洞デジタルメディアシティ(DMC)特恵疑惑――の4つ。検察が李明博氏に有利な供述をするよう脅迫、懐柔したと主張していたBBK前代表の金敬俊(キム・ギョンジュン)被告は、最近になってこれに関し謝罪の意を示したが、検察の被疑者懐柔・脅迫、歪曲(わいきょく)発表疑惑なども捜査の対象に含まれる。
特別検事導入法の公布期限は来年1月1日、特別検事任命期限は1月11日だ。準備期間は7日で、捜査期間は本捜査30日と1次延長10日を合わせ最長40日間となることから、延長を入れても捜査は2月27日までに終了する。
公職選挙法上では、大統領就任前は禁固以上の刑を宣告された場合、就任後は選挙関連犯罪で100万ウォン(約12万円)以上の罰金刑を受けた場合、当選が無効になる。特別捜査を通じ李明博氏が道谷洞の土地やBBKの実所有者であることが明らかになれば、選挙運動中に財産に関する虚偽事実を公表した点が問題になることが予想され、これにより起訴・裁判が進められる場合、懲役または100万ウォン以上の罰金判決が下されれば当選が無効になる。大統領在任中に裁判が可能かをめぐり憲法解釈問題が生じた場合は、憲法訴願などを通じ憲法裁判所で判決が下される可能性もある。
李明博氏「『和合の中の変化』で新発展めざす」
次期大統領に当選した李明博(イ・ミョンバク)氏は20日、新政権の国政運営方向について「李明博政権は『和合のなかの変化』を追求する」と述べ、変化なくしては先進化も新たな発展も成し遂げることはできないと力説した。
李明博氏はソウルのプレスセンターで当選確定後初の内外信向け記者会見を開き、経済と生活の質の先進化、新発展体制の重要性を強調し、国運上昇の新たな変化を掘り起こさなければならないと述べた。確固たる和合が変化を可能にする条件となり、変化は時代の酸素になるという。怒りと憎悪と偽りの政治では社会を先進化することはできないとし、自らも心にしこりがあるとすればこれを取り除くと述べた。与野党は敵ではなく、互いに必要な反対者だとしている。
李明博政権に対し時代が求めているのは、建国と産業化、民主化を超え先進化に向かうことだという。経済の先進化と生活の質の先進化がともに進む時代を切り開き、成長の恩恵が庶民と中産層のもとに戻る新発展体制に向かわなければならないと主張した。
李明博氏は「国民は理念ではなく実用を選択した。効率と刷新で政府に対する国民の信頼を高める」と述べた。国政の安定を目指し、現政権と話し合いながら順調に国政を移譲する考えだ。公職社会に対しても、揺るぐことなく担った責務をまっとうするよう求めた。
経済政策については、企業が安心して投資できる環境を整えること、経済に活力を吹き込み雇用を増やすこと、地方経済と中小企業、自営業者を生き返らせることなどに、政権初期から特別な関心を寄せるとした。
北朝鮮核問題に関しては「核のない朝鮮半島平和時代」を切り開くと述べた。北朝鮮が核を放棄することが北朝鮮が発展する道であり、朝鮮半島非核化を通じ南北が新たな協力の時代に進めると説明した。
また、アジア外交を積極的に展開する方針を示したほか、韓米同盟も信頼を土台に共同の価値と平和を改めて確認するとした。
李明博氏は、「決断力と推進力あるリーダーシップを発揮し、国民成功時代を開く。国民との約束を実践する大統領になる」と誓った。
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2007/12/20 11:55:53 入力
「北の核放棄、強く説得していく」李韓国次期大統領が会見
12月20日12時36分配信 読売新聞
【ソウル=竹腰雅彦】韓国の次期大統領に当選した最大野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏は20日午前、ソウル市内で記者会見し、対北朝鮮問題について、「北の核放棄があって初めて、本格的な南北経済交流が可能だ。核放棄が北朝鮮の体制維持と住民にとってよいことだと、強く説得していく」と語り、経済支援を優先してきた現盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の融和政策を抜本的に見直す考えを改めて示した。
李氏は、「核のない朝鮮半島平和時代を必ず開く。核放棄は北朝鮮の発展する道だ」と強調。そのうえで、核問題解決のため、6か国協議を積極的に推進する立場を表明、特に、「米朝間の対話を成功させるために協力する」とした。
最終更新:12月20日12時36分
韓国・李明博次期大統領 朝鮮半島の非核化実現を柱に
2007.12.20 11:42 MSN産経ニュース
【ソウル=久保田るり子】韓国の次期大統領に決まった李明博(イ・ミョンバク)氏(66)は20日午前、記者会見し対北政策について「私は実務外交を行う。南北協力も同様だ。南北間の最大の懸案は核廃棄問題」と指摘、「核廃棄を行うことが体制を維持し住民の助けになることを(金正日総書記に)説得する」と語り、本格的な南北交流事業は核廃棄が前提で、核廃棄過程では人道的支援を実施するとの基本方針を明らかにした。
過去10年の革新政権で言及を避けてきた北朝鮮の人権問題に関しては、「国民所得が100ドル前後だった1960年代、韓国に経済協力をした先進国は(韓国の)人権問題をたくさん指摘し、そのことがわれわれのためになった」「愛情のある批判は北朝鮮の社会を助ける。北朝鮮社会を健康にするために必要な指摘はしていく」と述べ、北朝鮮人権問題への対応を変えることを明言した。
また、米韓関係に関しては「信頼を基礎に共通の価値と平和を新たに築いていく」と語った。
李明博氏は20日午後、ソウル市内で重家俊範・在韓日本大使と面談する。
得票率48・7%で2位に500万票以上の大差で勝利した選挙結果について李氏は、「国民が政権交代を望んだ。仕事をする政府になる」と述べた。国民的な期待が強い経済再建の具体案については、「経済再生は企業の投資が重要だ。私が大統領になったことで投資環境ははっきり変わるだろう。就任以前に中小企業や経済団体の経済人と直接会って、李明博政権の新しい投資環境について説明する。外国資本の投資についての組織を作って準備する」と最優先に行なう具体的対策を披露した。